#7『赤い夢の迷宮』(勇嶺薫/講談社文庫)
今回はクイズから始めてみたいと思います。
Q.勇嶺薫
さてどなたのことかわかるでしょうか。ミステリーファンでも難しいかもしれません。
A.はやみねかおる
(敬称略です。すいません)
あのジョブナイルミステリーの帝王です。
あらすじ
あの時、ぼくらは小学生だった。ぼくら7人は殺人鬼の噂もあったこの街で、不思議な男OGの元へ通っていた。地下室であれを見せられるまでは。
25年の月日が流れ大人になったぼくらは、OGから受け取った招待状を手に再開することになる。
7人を待ち受ける本物の惨劇とは。
*ネタバレを含むので未読の方はご注意ください
次々と殺人が起こります。はやみねかおる作品だと思うと困惑するかもしれませんが、勇嶺薫作品なので。
最後はもちろん結論が出るのですが・・・
結局殺人は起きたのか?起きてないのか?夢の中の話なのか?現実の話なのか?最後の最後の大どんでん返し。なんとこれまでの作中の記載を「なかったこと」にしてしまう。終わると全ては夢の中。
(正直ミステリの部分は少し、ん?、となりましたけど)
はやみねかおる作品で育ってきた人たちを勇嶺薫作品で暗黒に突き落とす。
すごく贅沢な構図が出来上がってるなと感じますね。
#8 「ブラフマンの埋葬』(小川洋子/講談社文庫)
今月の初旬より講談社文庫と乃木坂46がコラボした「乃木坂文庫」が発売されている。
この作品は僕がその縁で手に取った作品のうちの1冊である。
小川洋子先生の作品は初読みではなく、本屋大賞を受賞された『博士の愛した数式』を過去に読んだことのある僕には2作目ということになる。
あらすじ
主人公は<創作者の家>の管理をしている<僕>。元々はある出版社の社長が別荘として使っていた建物だが、芸術家に無償で仕事場を与える場所としてほしいと遺言が残されていた。
そんなある日、身体中に傷を負った動物と出会う。サンスクリット語で「謎」を意味する「ブラフマン』という名を与えられた動物と<僕>との一夏の物語。
*若干のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
<ブラフマン>は何者だったのか
彼*1が何の動物であったのかは最後まではっきりと描写されることはない。
チョコレート色の瞳、黒いボタンのような鼻、普段は隠れている2本の前歯、ひげ、水かき、尻尾を持っていて何でもかじる癖のある<ブラフマン>。主人思いな点から犬、あるいは水辺の小動物を推測させる。
姿かたちも何の動物かもわからないことで、ペット以上の何かのメタファーとした役割を与えられているようにも感じます。
今作の魅力
<僕>と<プラフマン>の一夏の交流が描かれた、シンプルなこの作品。 ページ数も170ページほどと比較的読みやすい文量でもあるだろう。
何気ない日常が描かれているため、事件という事件もほとんど起きず、タイトル等からその結末はある程度予測しうるかもしれない。
淡々とした物語展開だが、だからこそ作者が描き出す美しい世界の描写が胸に沁み渡ってくる。その中でも、いろいろなことを考えさせるフックは仕掛けられている。
キラキラと輝く宝石を眺めるかのような優雅な気分でこの作品をじっくりと堪能してほしい。
#6『ケン・リュウ短編傑作集1 紙の動物園』(ケン・リュウ/ハヤカワ文庫 SF)
久しぶりに読む海外作家のSF作品だった。
作者はケン・リュウ先生。今世界中のSFファンがもっとも注目している期待の新鋭作家らしい。正直、名前にうっすらと聞き覚えのある程度だったが、又吉さんの帯を見て買うことを即決した。
この本には表題作である『紙の図書館』を含む7作品が収められている。
その中でもっとも深く刺さってきた作品『太平洋横断海底トンネル小史』を紹介しておこうと思う。
中日全面戦争の可能性が回避され、帝国への“平和的上昇”を掲げた日本。世界恐慌に対する経済対策として、日本側はアメリカに対して、大西洋横断海底トンネル構想を持ちかけ、合意を得る。その結果、世界大戦の惨禍を回避した世界である。そこで働いていた台湾人チャーリーを通して語られる知られざる歴史は、戦前日本のアジア人炭鉱労働者を思わせる。
今回収録されている7作品を通して感じたのは、登場人物が抱くある種の無力感(異なる文化に所属しているものの間においては決して理解し合うことはない)である。
この作品と触れ合うことで我々は、異なる文化や文明基盤に属する集団同士の相互理解の難しさというテーマを登場人物を通して突きつけられることになるだろう。だがそれは、今我々が世界を見る際に越えていかなければならないテーマなのではないだろうか。
#5『猫と幽霊と日曜日の革命 サクラダリセッット1』(河野祐/角川文庫)
実写映画が公開され、アニメもスタート、漫画版もスタートした(らしい)河野祐先生の『サクラダリセット』の第1巻。
『階段島シリーズ』で先生の文章のファンになった僕は早くこの作品を読みたかった。でも、店員に映画化するからとか思われたくないという謎の葛藤に苛まれながらようやく手にした。
様々な能力者を抱える咲良田という街を巡る、世界を3日間巻き戻すことのできる能力・リセットを持つ少女春埼美空と見聞きしたことを絶対に忘れない能力を持つ少年淺井ケイの物語である。
ここまでだとよくあるSFかと思うかもしれない。確かに能力を使って世界を変えていくSF的な面白さも存在している。しかし、美空やケイ、そして彼らを取り巻く人物たちの心理描写がとても丁寧に描かれているのがこの作品の大きな魅力の一つであろう。
「僕は神さまになりたい。いちいち人に試練を与えたりしない、人間不信じゃない神さまに。お腹がすいている人にはパンをあげて、悲しんでいる人は幸せにする。毎日そんな仕事をして暮らしたい」
きっとそれは人の為なんかじゃない、もっとエゴイスティックな理由で。世界中から悲しみがなくなればいい。
p.110
場面的には、ただ取り留めもない話をする、というものだが、誰か他人の幸せを願うことは、その人のためではなく、願っている人のただの身勝手であると気づかされる。
ケイは過去のとある出来事を基にこのような考えをする。正しい・正しくないはそれぞれの考えだが、僕は重要な考えだと思う。
1巻目から相当楽しめた。このワクワクがあと6巻続くと思うととても楽しみである。
野村周平目当てに映画をみたみなさん、ぜひ原作小説を読んでください。この作品を野村周平かっこよかったで終えるのはもったいなさすぎる。読めばきっとあなたも河野祐先生の美しい文章の虜になるはず!
#4『火花』(又吉直樹/文春文庫)
芥川賞を受賞した際、僕はどうせ話題作りのための受賞だろうと一切手に取らなかった。(なんと偉そうなのだろうか。先生ごめんなさい)
そしてこの作品を読み終えた今、僕は過去の自分を全力でぶん殴りたい。土下座ものである。
僕は純文学をしっかりと読み始めたのは最近なので偉そうなことは言えないが、ラノベやキャラ小説などを好んで読んでいる人は難しいとか、何が面白いの?と感じるかもしれない。
物語は、売れない芸人の徳永と彼の師となった天才肌の芸人、神谷さんとの関係を中心として進んでいく。
売れっ子芸人で、読書家の作者。その言葉のセンスや観察眼はこの作品の随所で惜しみなく発揮されている。また、作者が言葉の一つ一つを大切にしているのも伝わってくるように思う。作中での主人公たちの掛け合いも面白い。
そして、あのラストである。誰がその結末を予想することができようか。作者ならではの独創的な発想にただただど肝を抜かれた。
『火花』は間違いなく、純文学である。
最後にもう一度。
先生本当にすいませんでした!